ノートの端っこ、ひこうき雲

ひと夏の思い出、には留まらせたくない。

卒業前夜

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今日は「卒業」を意識する一日だった。

 

母校は今日卒業式を迎えたという。私が直接知っている代はもう高校から完全にいなくなるという事実に頭がついていかないが、もうそこまで時間が経っているのだ。

なので卒業アルバムを開いてみたら、高校時代の日々が遙か遠くのことのように感じられて、それでも今でも友達に会えていることに、変わっていく日々を一緒に迎えられることに、言い知れぬ感動を覚えている。

 

そして、去年から挑んでいるキャッチコピーやCMの公募大会「宣伝会議賞」の授賞式も今日だった。こちらは高校を卒業してから、完全に大学に入ってから見つけた、自分が真剣に打ち込める、めちゃくちゃ楽しい大会だ。

この大会の存在を教えてくれた先輩も言っていたけど、皆が横並びの状態でヨーイドンするのがこの大会の魅力だ。経験もコネも関係ない。ひたすら自分が出す作品だけで勝負していき、たった数文字の限りなく力強い言葉が選ばれていく面白さに、私は虜になっている。

宣伝会議賞はゴールドと呼ばれる金賞やグランプリを一度でも取ったら、翌年以降は応募できなくなる。つまり宣伝会議賞から卒業することになる。

大好きなコピーを書くということから卒業するということは、学校と似てるなとふと思った。でも、コピーで留年するのは全然悲しくないしむしろ少しだけ嬉しいのかもしれない。

それでも、いつかは、卒業したいという大それたことを考えている。

 

卒業は、終わりではなく始まりの合図だ。

もう交わることのない世界が現れたこと、それは要らなくなったということではなく、もう、自分の中に完全に息づいたということなのかもしれない。

何も全てがなくなるわけではない。私たちの記憶や心は、ちゃんとすぐに時間をワープできるように出来ている。

あの日、クラスの友達が自分にかけてくれた言葉が今でも私を何度も救ってくれているのと同じように、卒業は、卒業によって切り離された過去がちゃんと輝き出すための、箔押しみたいな一瞬だ。

 

大好きだった、全ての一瞬に祝福を。