ノートの端っこ、ひこうき雲

ひと夏の思い出、には留まらせたくない。

フランス・ドイツ周遊旅行記⑤〜モンサンミッシェルとオムレツとシードルと牡蠣〜

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前回

シリーズ第一回

 

 

前回からかなり間が空いてしまいました。意外と旅行記って書くのが難しくて、モンサンミッシェルについては適当に書けないなと思ってウジウジしていた結果、二ヶ月近く空いてしまいました。もう春休みも終わっちゃったよ。待ってた人はいないと思うけど、旅行記は続いていきます。

 

ノルマンディ上陸(1月25日)

フランス旅行もいよいよ終盤。バスに乗っているが周りは日本人だらけ。これからどこへ向かうのかというと、「ノルマンディの田舎村」なるところらしい。

この旅行を計画した際、フランスでパリ以外にどこへ行く?という話になった時に真っ先に出てきたのがモンサンミッシェルであった。その旨を旅行会社に伝えてみたところ、日本人観光客用のバスツアーに途中参戦してみてはという提案があったのでそれに乗った。

フランスに居るのにも関わらず周りは日本人だらけ、ガイドさんも思い切り日本語を話す。でも外に広がる景色はフランス。とても非日常な空間だった。

バスツアーに乗っかるために早起きしたから、少し眠い中バスに揺られていたらあっという間にノルマンディの某田舎村に到着。

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スリの脅威に震え続けながら歩いたパリとは違う、のどかな風景が広がっていた。俺はこういうところに来たかったのかもしれないな。

ノルマンディ地方はイギリスとの海峡、フランスの北西部に位置する。温暖な気候で牧草が育ちやすく酪農地帯として有名。海にも面しているから、畜産物と海産物が合わさった料理を得意としている。

ツアーガイドさんが言っていたこの地方の特産品は、カマンベール・ド・ノルマンディを中心とした様々な種類のチーズや、そば粉から作られるガレット、そして林檎が有名らしい。

林檎を原料とした酒、シードルやカルヴァドスが盛んに生産されているそうで、実際に私が降り立った地域の土産屋にも並べられていた。

f:id:SouthernWine29:20190414154317j:imageお土産屋さんの外装。林檎が描かれている。

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シードルは、小粒で酸味の強いリンゴを使い、さっぱりとした飲み口に仕上げてある。また、このシードルをさらに蒸留して造ったものがカルヴァドス。アルコール度数が高めで、主に食後酒として用いられるそう。一ヶ月前に20歳になった私は堂々と飲み比べしてみたが、カルヴァドスに比べてシードルは本当に飲みやすく作られていた。ノルマンディの郷土料理と一緒に飲みたいなあと思っていたが、後にその夢が叶うことになる。ちなみに、シードルのことを英語ではサイダーと呼ぶ。日本で呼ばれるサイダーとは違うもので、日本のサイダーは和製英語なんだね。

この地方の教会にも来訪。

f:id:SouthernWine29:20190414160242j:image本当に造りがすごいよなあ。f:id:SouthernWine29:20190414160237j:image

 

街中の魚屋さん。poisson(魚)が分からなくても何を売っているか分かる親切設計。看板がかわいい。

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オムレツ

さて、バスに乗り込んで再び揺られていると、車窓にモンサンミッシェルが現れ始める。

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写真で何度も見てきたし、相変わらずの曇り空だけど、確かにそこに歴史があるという事実に感動してしまう。

モンサンミッシェル」は修道院だけではなく、その建物のある島全体が世界遺産として登録されている。圧巻だった。

同じバスツアーでやってきたおじいさんおばあさん達と一緒に、のんびり歩きながら小僧の我々がモンサンミッシェルに向かう。大学生は結構珍しいのかもしれない。

昼時に到着したので、島の内部にある店に行き、モンサンミッシェル名物のオムレツを頂く。思えば今まであまり食べ物にこだわってなかったので、ここからは贅沢しまくろうと決意した。いい値段がするけど、経験には替えられない。

先程も紹介したシードルも頼み、優雅なランチ。

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いやこれめちゃくちゃ美味しかった。

オムレツの卵が柔らかすぎて、口に入れた瞬間とろけだす。日本のしっかりとしたオムレツを想像するとびっくりするくらいのとろけ具合。はるばる来た甲斐があったなあというもの。シードルもオムレツととても相性が良く、美味しく頂くことができました。

オムレツの中に入れる付け合わせは野菜以外にも色んな種類から選べる。ぜひご賞味あれ。まあ、いい値段がするので日本で食べてもいいかもね。

 

宝島

腹を満たしたところで、ついにモンサンミッシェルを巡る。

この島はとにかく建物が入り組んだ構造になっていて、箱庭型の3Dゲームを操作している時のようなワクワク感を終始感じながら歩き回った。

とにかく私の性癖に突き刺さるような景色の連続で、こればっかりは私がごちゃごちゃ文章を綴るよりも写真に任せたいところだ。

f:id:SouthernWine29:20190414222253j:imageこういう路地裏の階段がまずツボ。


f:id:SouthernWine29:20190414222227j:imageジャケ写でも撮れそうな神々しい雰囲気。実際ここで撮った。肩に翼でも付けたい。


f:id:SouthernWine29:20190414222306j:imageてっぺんを仰ぎ見る。壁に刻み込まれた歴史の大きさに圧倒される。

ある司教が夢に現れた大天使ミカエルのお告げに従って、聖堂を建てたのが、モンサンミッシェルという名前の由来。修道院の尖塔の上には、大天使ミカエルの像が輝いている。


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f:id:SouthernWine29:20190414222216j:imageジャケ写候補が連発する。とにかく入り組んでいてワクワクが止まらない。もう記事執筆時点ではかなり昔の記憶になっているがそれでも、歩き回っている時の高揚感は思い出せる。


f:id:SouthernWine29:20190414222320j:image鳥。


f:id:SouthernWine29:20190414222234j:image友人がどんどん先に歩いていくので追いつくのが大変だった時が多々あった。なんならモンサンミッシェルでは一回完全にはぐれた。


f:id:SouthernWine29:20190414222328j:imageうーん最高。ゲーム脳だからどこかのスイッチを押せばこいつが動き出すんだろうなあってところまで妄想した。


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f:id:SouthernWine29:20190414222246j:imageとにかく造りが素晴らしい。階段の掛け方とか広場の置き方とか、本気で建築を勉強したくなるレベル。f:id:SouthernWine29:20190414222333j:image
f:id:SouthernWine29:20190414222223j:imageアップダウンが激しいが、その分目が楽しいので全然疲れを感じない。

ああ、ずっとここにいたいなあ。f:id:SouthernWine29:20190414224450j:image

 

非日常的な宝島を歩き回っていたら時間を忘れ、もう夕飯を食べてもいいなという時間帯になった。せっかく海が見えるところにいるから海鮮料理を食べたいなと思いながら、島の下の方のストリートに降りる。
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f:id:SouthernWine29:20190414224439j:image建物と建物に挟まれたこういう道、最高では?正直モンサンミッシェルに行くまでは、あの修道院だけがメインだと思っていたが、本当にこの島全体が楽しい。

 

良さげな海鮮料理が食べられそうなレストランを見つけた。開店時間までちょっと時間があるのでお土産屋さんなどを見て回る。

しかし、時間になってもレストランの中は暗いままだ。あれ?閉店してる?

結局、いつまで経っても店が開かないので、何が何だかよく分からないまま諦めることにした。対岸にもちょこちょこ食べるところがあったのでそっちに行こう。

 

島を出る。
f:id:SouthernWine29:20190414224442j:imageモンサンミッシェルから対岸までは長い橋が架けられていて、徒歩だと40分かかるほど実は遠い。だから、無料のシャトルバスがずっと走っている。バスに乗って対岸の町に帰る。f:id:SouthernWine29:20190414225517j:image

 

我々の泊まった、対岸に位置するホテル「ガブリエル」は、どこぞのゼロ星ホテルとは異なり、内装は色使いが効果的で綺麗なホテルだった。f:id:SouthernWine29:20190414225638j:imageちなみにじゃんけんに負けたので同行していた友人に右のダブルベッドは取られ、俺は左のベッドで寝た。つくづくじゃんけんに弱い男である。

 

モンサンミッシェル対岸の町には、ホテルとそれに併設されたレストラン、そしてお土産屋さんしかない。人はここには住んでいないのだろう。日も沈み始めた頃、レストランに向かった。

 

最高のディナー

ホテルに併設されていたレストランはオシャレな内装。注文したらこれでも食べてなとお決まりのパンをくれた。

私は、せっかくここまで来たので新鮮な海鮮料理を食べたいなとメニューを見ていたら、あるメニューに目を奪われてしまった。

「前菜 牡蠣 6つ盛り」(英語で)

いやこれは食べてえなあ!!!!

f:id:SouthernWine29:20190414230342j:imageはい優勝。白ワインと牡蠣という罪深い組み合わせに舌鼓を打つ。もうお金なんて知らない。俺は食べたいものを食べるのだ。6つの牡蠣が贅沢に盛られている。
f:id:SouthernWine29:20190414230346j:image料理の写真を撮るのが確実に上手くなったな。

一つ一つの牡蠣をゆっくり味わう度に、潮の香りを含んだ濃厚な味わいが広がる。無限に白ワインが進む。ああ、なんていう贅沢。

牡蠣は腹にダメージを与える危険性があるが、そんなことはもうどうでもよかった。旅とはアドリブだ。今ここで食べなければダメだと思った。牡蠣が与えてくれたその大いなる海の匂いは我が故郷を思い出させてくれた。本当に忘れられないディナーとなった。

長々と書いたがこの牡蠣は前菜だというのが恐ろしいところ。美味すぎて落涙していたところにメインディッシュの登場。f:id:SouthernWine29:20190414231308j:image盛り付けがオシャレすぎる。白身魚と野菜を用いた見た目も楽しい料理となっている。基本的に海鮮料理は生の方が好きなのだが、ここまで美味しく調理されるとそんなことは関係ない。もちろん見た目だけではなく味も抜群。程よい塩加減の白身魚にワインが進む。

 

最高のディナーを楽しんでいたら外はすでに真っ暗。夜に満潮を迎えて昼間とは違う景色が広がると聞いていたので、その時間を狙って再びモンサンミッシェルの方へ出向く。めちゃくちゃ寒い。

なかなかいい写真が撮れるのではないかと期待しながら夜のバスに揺られる。灯りがほとんどない暗闇の中を走っていく。

 

f:id:SouthernWine29:20190414231645j:image結論から言うと、いやまあ綺麗だったんだけど写真に撮るのが難しすぎた。月と同じように、直接見るのが一番綺麗。

時期が時期だと、よくパンフレットで見るような、光が水面に反射した幻想的な写真が撮れるんだろうか。あの写真のイメージが強かったから、昼間からあんなに楽しませてくれるとは思ってなかった。

観光地ではあるが、辺りに住民はいないので夜は本当に静かだった。頻繁にパトカーが鳴っていたどこかの都市とは大違いである。

 

1月26日

翌朝。パリに帰るバスは夕方に来るのでこの日はかなりゆったりと過ごしていた。

朝食はホテルのレベルとともにグレードアップしていた。ただ三種のパンだけが来るどこかの朝食とは異なり、ハムや野菜も食べられたし、バナナとかオレンジが丸ごと置かれていた。皮を剥くのが難しかったです。 

 

f:id:SouthernWine29:20190414232308j:image昼間はまたモンサンミッシェルを楽しんだ。

 

この地方は他にも仔羊の肉料理が有名だと言うので、この日の昼ごはんは肉を味わった。
f:id:SouthernWine29:20190414232303j:image相変わらず芋の量がメイン料理に匹敵するくらい多く、しかもセンターを取っている。ラム肉はあまり日本で食べたことがなかったのだけど、臭みもなくて美味しい。

店はテント式だったから扉がなく、鳩が店内に入り込んできた。横のインテリそうな見た目の眼鏡の兄ちゃんは至近距離に鳩がいても構わず仔羊の肉を喰らっていた。

 

この地方のもう一つの名産品は塩キャラメル。帰国後、友達の多くに渡した塩キャラメルはここで買いました。

f:id:SouthernWine29:20190414232259j:imageバスまで時間が有り余っているので本場のオランジーナと一緒にクロワッサンを食べながら、翌日からのドイツ旅行の計画を立てた。この旅行、全部アドリブで決めている。

外国にいるとは思えないくらいの居心地の良さ、友人は少しうたた寝もしていた。

 

それにしても、昨日の昼にオムレツと一緒に食べたシードルが忘れられない。やっぱりお土産として買おうとシードルの瓶を購入した。割れないように、丁寧丁寧丁寧にタオルを何重にも包んでスーツケースに入れた。

しかし、これは帰国後の話だが、この酒めちゃくちゃマズかった。マズイというか飲んではいけないレベルの味がした。なんというか酢を直接飲んでいるような。

タオルに何重も包んで日が経っていたから発酵でもしたのだろうか。なんにしても、あんなに丁寧に持ち帰ってきた酒がマズかったのは何とも言えない気持ちになった。

 

夕方ごろパリへのバスが到着した。昨日と同じように、旅行会社のツアーに途中参戦する形になった。

この日は土曜。ご存知の通りパリでは2018年11月から毎週土曜、燃料税引き上げへの反対が主な理由である「黄色いベスト運動」と呼ばれる大規模なデモが起こっている。この記事を書いている2019年4月現在も続いているらしい。

デモが深刻な場合、バスが来ないかもしれないと言われていたので、ちゃんとパリに帰れるようで安心した。パリに帰ってきたバスの車内からは直接デモの様子は見えなかったが、パトカーの光と思われる青い光は何度か見えた。

 

今後フランスに行く予定の人は、毎週土曜のパリのデモには十分気をつけるようにしてください。

 

f:id:SouthernWine29:20190414234053j:imageまた、バスの運転手が気を利かせてくれてエッフェル塔のライトアップが特別になるタイミングで近くを通るようにしてくれた。日没後から24時まで毎時0分から5分間、エッフェル塔はキラキラと光るようになっている。これはシャンパンフラッシュという名前が付けられている。夜景に弾ける光が綺麗だった。バスツアーじゃなかったらこのフラッシュを見ないまま帰っていただろうな。


f:id:SouthernWine29:20190414234057j:imageオペラ座の近くにバスが到着し、ツアーは終了した。デモの日でもあるので治安が心配だったが、特に何の問題もなく歌舞伎町みたいな街の例のゼロ星ホテルに帰ることが出来た。

先日までとは別の部屋に案内されたが、少しクオリティが上がっていた。バスタブがあるしアメニティが少し増えたし、ベットメイキングがされている。一つ星くらいにはしてやろうかな。

 

明日からはドイツ旅行。次回はいつになるかな。気長にお待ちください。

名前

新しく出会う人の名前が覚えられない。

いや、正確には顔と名前が一致しない。

名前を覚えるのはむしろ得意で、漢字までしっかり書けたりするから驚かれるのだけど、その名前が誰のものだったのか?これが苦手だ。

 

名前は、いい。何故かは分からないけどすごくいい。好きな人の名前は何度も口にしたくなる。基本的に名前を呼ぶ回数と好意は比例している。漢字のバランスや響きがお気に入りの名前は紙に書いたりもしている。何度も紙に書き殴っている姿は客観的に見ると少し不気味かもしれない。

なんでその漢字を使ったのか、なんでその読みにしたのか、一つ一つ気になるから俺はよく名前の由来を聞きたくなってしまう。兄弟姉妹の名前も聞きたくなる。でも、由来を聞いてしまうことは、土足で相手の精神領域に踏み込んでいる気もして、なかなか聞けないことも多い。

 

名前に関する歌詞でいくつか俺のお気に入りのフレーズがあるから紹介したい。

憧れたり コケにしたり 愛おしい二文字

君の名前 つけた人は すごくセンスがいい

(スピッツ/ナサケモノ)

「君」への愛おしさが、名前をつけた人の存在にまで言及するほど突き抜けてしまうその威力。好きな人の名前ってめちゃくちゃセンスがいいよな。

好きな人の名前と同じ読みだったり同じ漢字を使っていたりする人に出会うと、勝手に親近感を覚えてしまう。逆も然り。

幼少期苦手に思っていた人と同じ名前を持った人がいて、最初はあまりお気に入りの名前ではなかったのだけど、でも性格が全然違ったので、新しく出会ったその人のことが大好きになって、今ではその名前もいいなあと思えるようになった。

不思議なものだ。名前は固有であるはずのものなのに、簡単に外的な理由で印象が曲げられる。そして、名前は人と人とを区別し、様々な場面で用いられる公的なものでありながら、その文字一つ一つに思い出や感情が込められてしまう、すごく私的なものでもある。卒業式で皆等しく呼ばれる名前も、全てが違う響きに聞こえる。

 

槇原敬之の「Remember My Name」の冒頭はこのような歌詞である。

さっき君に告げたのは

僕の名前だけど

それは君の友達という別の意味があるんだ

孤独が君の事をどこかへ

さらおうとしたって

僕の名前を呼べば

孤独は君に近づけない

個人を識別するための方法である名前が、別の「意味」に変えられるとき。このとき、もはや名前は名前の範疇を超えた。大切な名前は、さながら魔法の言葉のように響き始める。

 

だからだろうか、たまに大切な人の名前を改めて見つめ直してみると「こんな名前だったのか」と奇妙な感覚を覚えることがある。名前が名前としての役割を超えて俺の意識の中に浸透していたため、改めて公文書などに現れる公的な側面の強いその人の名前を見ると、不思議な気持ちになるのだ。ゲシュタルト崩壊に似た感覚かもしれない。

 

名前はラベリングだ。ストレスという言葉ができて初めて、あの緊張状態に置かれる不快感を対象化して扱うことができるようになったように、名前をつけることで認識の上に置くことができる。

でも自分の側に深く入り込んできた人に対しては、もはやそのようなラベルが必要なくなったのかもしれない。記憶の中にずっと残り続ける存在は、名前を必要としない。ラベルが剥がれ始めるそのときこそ、名前が「別の意味」を持ち始めるときなのかもしれない。

あるものを対象として扱う必要があるからこそ、名前というものは生まれる。だから本当はストレスも、ハラスメントも、名前が消えたときこそ、その使命を終えたときなのかもしれない。もうそんなものなくなったから、呼ぶ必要なんかないよねという段階に至れば良い。

 

逆に言えば、呼ばれ続ける限りそれは永遠に認識の上に残り続ける。人が亡くなった時、その名前が墓標に刻み込まれる。確かにそこに生きていた証として刻み込まれている名前は、もう実体のないものだとしても、いつでも心の中で響いてくれる。居なくなった人の名前が誰かの心で呼ばれているうちは、その命は役目を終えてはいない。だから、呼び続けていかないといけない。

 

Please call my name, so remember my name.

Just call my name, so remember my name.

花びらのために

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めまぐるしく過ぎていく春の日に、ぼんやりとのどかに立ちすくんでいた花が涙をこぼす頃に居なくなってしまった人のことを思い出す。

 

あっという間に散っていく花びらは色々なものに喩えられる。桜がシャワーのように舞っている景色はきっと誰もが好きだと思う。それはビジュアル的な美しさもさることながら、目の当たりにする短い命に、何かが反応してしまうからなのかもしれない。

桜には色々な思い出をぶら下げすぎているから、それが緑色に変わるとき、自分が一時的に消えてしまったような気持ちになる。

思えば、誰かと初めて話した日、よく話題に出していたのは桜のことだった気がする。皆の上に等しく降り注ぐ桃色の雨は、冬で固まっていた心を柔らかくしていく。パーカーのフードに潜り込んで残った花びらが部屋の床にひらりと落ちたその瞬間、思い出が一度に脳裏を駆け巡るあの感覚が好きだ。

なくなってしまった命は、パーカーの花びらみたいに時々ふっと思い出を呼び起こしてくる。

 

梅雨の時期に居なくなってから、彼が居ない初めての春を迎える。彼と桜の下を歩いた思い出はないのだけど、それでも桜を見ると少しだけ懐かしく思えてしまうのは、桜の下で始まる出会いと、その桜があっという間に散っていく様子が、人と人との巡り合わせ、出会いと別れをたった数週間で描き切っている気がするからだ。

向こうの世界に春があるのかは分からないが、なんとなく、桜は咲いている気がする。そこでは花びらはこぼれ出しているのだろうか。なんとなく、私の遥か上空から溢れた花びらが、差出人不明の手紙のように、思い出を添えてやってくるのではないか。こうした無茶な想像のことを、私は希望と呼び続けたい。無茶であり続けるために、私は生きていかないといけない。

大学という箱庭

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大学3年生になった今、入学当時のことを思い出す。2年前、何もかもが一新された環境におかれた私は、半ばトランス状態に陥っていた。配られるビラの嵐、品もへったくれもない強引な勧誘、すべてが新しく出会う人ばかりで情報量の多いイベントの数々。どこまで行っても逃げ場がないくらい新しさの連続で目眩がしそうだった。

もともと4月はめちゃくちゃ苦手だった。「快活で明るい人間」を演じなければならないから、疲労が半端ではない。いかんせんそういう演技がめちゃくちゃ苦手というわけでもないので、なんとなくこなせてしまうのが後の疲労を倍加させる。

参加自由と謳ってはいるがこれに参加しないと大学生活に乗り遅れます的な、圧力の強いイベントの数々。参加しないという反骨精神を持ち合わせていなかった私は、短くない移動時間を持て余しながら、毎日仮面を付けて過ごしていた。

キャンパスの中では、知り合いが前からやってこないことを願いながら、中途半端に下を向いて歩き、イヤホンから流れるいつも通りの音楽だけが実家の匂いみたいに懐かしさを持って私の身体の中に直接染み込んでくる。大丈夫、私という人間はそう簡単に変わっていくものではない。そう言い聞かせていないと別人になってしまいそうだった。

それにしてもキャンパスの中では、浮足という浮足が立ちまくっている。何をそんなに背伸びしたがっているのだろう。何でもう楽な授業を見つけようとするのだろう。ここには何をしに来ているのだろう。

 

分からなかった。Twitterに溢れる虚栄心だけが悪目立ちするツイートも、大名行列のように闊歩する人々の煩さも、すべてがノイズになって、ますます大好きな音楽のボリュームを上げた。

慣れていないことや分からないことは地獄だ。右も左も分からずに彷徨っているうちは、目立つものについていくしかない。そういった目立った存在は得てして人を傷つけることを厭わない。自分が放つ光の眩しさに気づかず、目が眩んでいる人の存在にも無自覚でいられる。

新歓期を順調に乗りこなしていく人が、みんな自分の輝きをむやみやたらに見せつけるわけではない。見せつけようと思ってしまうのはその一部で、過激な行動に走ってしまう人だ。

煽情的な見出しや主語を大きくした言説は、手っ取り早く自分の光を強めることができる。良くも悪くも目立つことができる。

人をたった140字で判断するなと言われても、誰が誰だか分からない状況では、SNSが貴重な情報源だった。こんな投稿をしてしまう人が同じキャンパスのどこかに過ごしているという事実が、息苦しさを増やしている。それでも、情報を拾っていくにはノイズに触れなければならない。クリアな視界が開けるのは、色々なことが分かり始めたその後だ。

 

高校までとは桁違いなくらい人が増えた大学のキャンパスは、確かに閉塞感がないのかもしれない。誰が何をしたと言っても学校中に広まるということはもうないのかもしれない。顔も名前も知らない人とすれ違うのは街中の雑踏と変わりがない。

だけど街中と大学で大きく違うのは、キャンパスは箱庭であることだ。完全に無縁な人ではない、同じ時代に同じ大学に居合わせた人たちが集まっている。水分を含みすぎた絵の具みたいに薄い薄い色をした線が、キャンパス中を駆け巡って私たち一人一人を繋いでいる。キャンパスの中にいる以上は、その線を切ることができない。こうして中途半端に不特定多数と繋がっていないといけないことが、4月に含まれるストレスの大きな要因ではないかと思う。明らかに苦手だと思う人ともとりあえず薄い線で繋がっていないといけないストレスは、長い間落ち続ける水滴がやがて岩石を穿つように、自分の心を少しずつ確実に抉り始める。

 

心は身体のエンジンだから、手入れをしないとやがて動けなくなったり意図しない方向に動き始めたりする。4月はとにかく摩耗が激しい時期だから。

 

やがて箱庭での生活に慣れてくると、絵の具を塗り直すことができる。気が合いそうな人、好きな人との間には、もうベタベタなくらい塗り直せばいい。自分の好きな色で、何色でも重ねていけばいい。

だから、それまでの辛抱だ。

先日サークルに来てくれた新入生と喋っていたとき、「勧誘や無闇なLINE交換は苦手だ」と言っていた。3月のうちからそう言わせてしまうのってどうなんだろう。

2年前の自分も、まだ高校生なのにもう大学生に気持ちを向けなければいけないことに困惑したことをよく覚えている。

2年前の自分に言いたい。あとでちゃんと居心地の良い場所が見つかるから、箱庭の中で繰り広げられるノイズに心をすり減らす必要はないんだよと言いたい。この場所に適応しなければならないと、自分に嘘をつく必要はない。

ありのままの自分を良いって言ってくれる場所を見つけやすくなるのは、広い箱庭である大学の特権だ。

だから、今自分が違和感を抱いたものに対して、違和感を持ち続けられるような心は、どうか失わないままでいてほしい。

 

なにもこれは大学だけの話ではない。新しい場にどうにも馴染めないと思ったとき、自分の心に嘘をついてまで我慢する必要はない。故障したエンジンが自分の身体を傷つけ始めるその前に、ちゃんとお手入れをしてあげて、あなたのそのかけがえのない感受性を、どうか失わないままでいてほしい。頑張って周りについていくことは、目立つことと同じくらい大変なことなんだ。みんな等しく讃えられるべきことなんだ。

 

そして新しい情報の渦の中に呑まれ、自分の居場所を見失いそうなとき、頭の中に居座っている大切な人や思い出に頼ることを躊躇わないでほしい。

一つ一つのキラキラした思い出は、そのときだけでなく未来もずっと自分を守り抜いてくれる。だから思い出というものがあるのだ。存分に甘えてしまえばいい。

たとえ、過去に甘えることが逃げることだと言われても無視していい。自分の過去も現在もそしてこれからのことも、まるごと肯定してくれるような人にこの先ちゃんと出会えるはずだから。

思い出を大切にしていて、現在の状況に上手く馴染めないけど、だからといって現在の状況に八つ当たりをしない人、過去への愛着と現在への攻撃を一緒くたにしない、出来ない、そんな優しい人たちの心が、4月のうちはもっと大切にされるべきだと思う。

 

大切な人の頭の中に新しい情報がたくさん流れ込んだとき、いつでも私との思い出が居座っていればいいなと思っている。いつでも守るから、呼んでね。

先日、部屋を掃除したときに、本棚に置いてある小さな紙袋の存在を久しぶりに思い出した。その袋の中には、お菓子の箱がいくつか入っている。何の変哲もないお菓子の箱が、宝箱に変わった瞬間のことを思い出した。

 

高校時代に私が所属していた部活は、誕生月の部員に向けてサプライズを仕掛けるという素敵な文化があった。8月だったら、8月生まれ以外の部員にサプライズの内容が書かれたメールが届く。秘密裡に、その通りに決行される。

「今月の誕生日サプライズはありません」という偽のメールを、間違えて本人にも送ってしまったフリをすることでガッカリさせておいて、実は本当のメールも本人以外にはしっかり回っているという、かなり凝った回もあった。

私も例に漏れずお祝いしてもらった。12月の定期コンサートが終わった日。12月生まれは4人いたのだが、歴代最高レベルで凝っており、なんと二段階のフェイクの後にお祝いされたのだ。まず4人のうち1人への、その後に私以外の2人へのサプライズの内容が書かれたメールが送られてきた。まさか私だけ忘れられてるのではないか、という不安を抱えたまま当日を迎えたが、その日3回目のサプライズにまんまと出迎えられた。クラッカーを喰らったときの衝撃と安堵感たるや。

 

その時にもらったお菓子の箱が、いまだに捨てられない。油性ペンで走り書きされたおめでとうのメッセージの手触りも、私が死んでから灰になってくれればいい。

 

手書きはやっぱり良い。刻むように書かれた一画一画から、思い出が突き刺すように飛び出してくる。

その人の手書きの文字は絶対に他の人には真似できない。どんな写真や思い出の品よりも、その人が刻み込んできた文字が、たしかにその人がそこに生きていた証として残されている。

だから、いつまでも取っておくだろう。もう誰かの思い出の中でしか生きられなくなってしまった人に向けて。

手帳の一ページ目の彼の文字が、二度とは来ない春を予感していた。思い出と共に光り続けろ。

31×6の春

「おめでとう、新しい場で沢山の思い出作って」(僕とふたりで)

 

新しい人がたくさん流れ込む記憶の中に居座る機能

 

春風がいたずらっぽく君の髪宛に花びら届けてきたので

 

白抜きの広告みたいに焼き付けた  いずれ散りゆく花びらならば

 

春、にじむ気持ちを歌うチープさで 今日も去年も君を愛した

 

梅、桜、桃の違いを忘れてる そんな感じで私を見てる