ノートの端っこ、ひこうき雲

ひと夏の思い出、には留まらせたくない。

重力と花びら

矢印の根元を〈過去〉とみなしますそういうノリで人を見てます

改行のたびに呼吸がしづらくて文字にも重力があるんだな

正しさは怒りと同化 透過する自意識たちがどうかしていた

ゆらゆらと燻る善が食い尽くし滅んでいった寓話のさわり

夏花火の度に探すチャッカマンがめっちゃ降りかかってきたよ春

感情で動いた人を真上から眺める感情を嫌う感情

「家計支持者死亡」に丸つけるときのクルクルのように増えていく数

あのときがたまたま林檎だっただけ 舞う花びらにニュートンが言う

渋谷駅見てればわかると思ってる視線の裏で息絶える人

カチカチと鳴るシャーペンが人を刺す 価値価値価値価値積み重ねろ価値

いいひとのお墓の上にはたくさんの花が積もるよ積もると言えよ

少しだけ早いバイバイ

 私たちの世界の外からやってきたウイルスによって、突然日常が葬り去られた学生たちの声を聞いていると、日常の途方もないきらめきみたいなものを、感じずにはいられない。

 いま、新型ウイルスの感染拡大を防ぐために、全国の学生たちには突然春休みが訪れている。連日のニュースを見ていると、「このまま友だちとお別れするのはさみしい」と残念そうな表情を浮かべる子どもが映し出される。「春休みが一ヶ月近くあるなんて最高だぜヒャッホイ」と言う暢気な子どもの顔は、あまり出てこないようになっている。センチメンタルで少し傷がある子どもの方が、美しくて、愛されるからだ。

 しかし、不思議なものである。彼らにはどのみち別れが迫っていた。三月の卒業式や終業式を迎えれば、否が応でも教室のメンバーは解散だ。今年は、その解散のタイミングが少し早まっただけである。六月の半ばで急に「学生生活、終了です」と告げられるのとはワケが違う。別れが「少し、早い」だけだ。それでも、あと少しだけ続くと思っていた日常は、ウイルスひとつで強制終了させられるものなのだと、知った。

 私は、これと似たような感情を、九年前にも体感した。2011年3月11日、東日本大震災である。

 この日は金曜日だった。当時の私は小学六年生で、卒業を間近に控えていたので、もう学校も午前中で終わるような日々が続いていた。14時46分は、同じマンションに住んでいた友だちの家で遊んでいた。マンションの九階で、今まで体感したことのないような揺れに襲われた。友だちの家では食器が散乱し、水槽の中身がこぼれ、あっという間に非日常が訪れた。

 地震後、急いで二階の私の家に向かった。両親とも仕事で家には誰もいない。焦りとともに扉を開けたら、何ら変わりのない景色がそこには続いていた。変化といえば、棚の上のハンドクリームが倒れているだけだった。同じ場所でも、高さによってこれほどに被害が変わるのだと気づかされた。家族も無事に全員戻ってきた。

 だから、私は震災によって大した被害を受けたわけではない。そんな私がこの震災について語っていいのかは、いまだに分からない。しかし要因は違えど、今の学生たちが直面している「突然の別れ」を見ていると、私は九年前のことを思い出さずにはいられない。

 震災後、土日を挟んだため、翌週の月曜から学校はあった。友だちはみな無事だったし、全員でこの週の金曜の卒業式を迎えられることを嬉しく思った。けれども、確かにあの日を境に、学校の空気が変わった。

 私は、このときの空気を「灰色」だと思い出す。「このまま卒業に突入して、日常を終わらせていいのだろうか」、少なくとも私はそう思った。

 桜色の空の先に、卒業もままならないような人たちがいる中で、私は普通に中学生になろうとしている。身の回りに広がる桃色の道と、ニュースの中で映し出された瓦礫の灰色とのコントラストが、あまりにも目に焼き付いている。

 卒業式も、在校生として参列していた一年前とは違う、少しだけ重い空気があった。式中では黙祷も行われた。目をつむりながら、何を頭の中で思い浮かべていいか、わからなかった。頭の中は、灰色でからっぽだった。

 震災という出来事の重みを受け止めるには、小学六年生はあまりに中途半端な年齢だった。もう少し幼かったら、素直に恐怖を口に出せたかもしれない。もう少し大人だったら、相応しい立ち振る舞いができたのかもしれない。当時の小学六年生は、おちゃらけたノリでいけばいいのか、気丈に振る舞ったほうがいいのか、皆目見当がつかなかった。

 なんとなくふわふわした非日常を、灰色でからっぽの頭で精一杯に受け止める。そんな日々だった。「重い出来事というのは分かるし、茶化してはいけないのも分かる。でも、どういう感情を出せばいいのか、わからない」

 春休みに仲良しの友だちとディズニーランドに行く予定だった。友だちとの初めての遠出に浮足立っていた。そんな非日常へのワクワクは、さらに大きな非日常にさらわれていった。震災による液状化現象で、東京ディズニーランドは休園になった。当時の私にとって、ディズニーランドに行くことは一種の通過儀礼であった。その通過儀礼は突然失われて、シームレスに中学生へと駒を進めていった。計画停電の影響で、電気がついていない教室で入学前説明会が行われていたことを、なぜか強く覚えている。

 私の日常は、非日常を内包したまま、変わらずに進んでいった。友だちと遠出するという通過儀礼は失われ、電気はたまにつかない。それでも、縫い目なくスムーズに中学生になった。

 今思い返してみれば、私たちの日常の裏で誰かが、引き裂かれた日常を懸命に縫い合わせようと奔走していたことが分かる。縫い目がないように見えるのは、縫い目をなくそうと努力したからだ。

 日常を営んでいくことは、必ず痛みを伴う。生活を糸で繋いでいくときに、針の先で指をケガしたり、突然縫っていたものが引き裂かれたりする。滞りだらけの日常に、襲いかかる非常事態。失わないと気づけないこと。今日も明日も明後日も、同じペースでは進まない。

 中学が別になった友人の一人とは、あの少しだけふわふわした気持ちで迎えた卒業式以来、一度も会っていない。本当はディズニーランドで目いっぱい遊んでお別れするはずだったのに、別れまでのBPMがいきなり速くなった。日常は、針飛びしたレコードみたいだ。

 少しだけ先に設定していた別れの日が、ある日突然そこに立っていることがある。「少し、早い」別れは、少しだけ早いからこそ、深く胸の中に残る。時には影を落とす。未来にクライマックスがあるかは、誰にも分からない。実はもう、別れというクライマックスは終わっている。そういうこともある。

 遠近法は、絵画の中だけの話ではないのだと思う。少しだけ先にある未来を小さく描くことや、今、自分が直面している出来事を画面いっぱいに映すのは、心理的に当たり前のことなのかもしれない。遠くにあるものは、小さく見えるけれど、たしかにそこに”ある”。このことを忘れていると、未来にあったはずの出来事が急にやってきたとき、その大きさに打ちのめされてしまう。

 ”向こう”にあったはずの別れを、休校によっていつの間にか通り過ぎてしまったこと。小さな子どもは自分の無力感を知るだろう。こうした小さな傷を抱えながら、私たちは成長していく。たまに針飛びしながら、紡いでいく向きを変えながら、続けられていく日常は、不格好だけど、美しいのだと思う。

隣のホリデイ

日常を切り取るために捨てられたそのアーカイブを探すのが夢

なみなみと注いだ君がこぼしたら、隣でぎゅっと乾かしてやる

「ぽったり」と形容してた 2月末、いきなり暑い日の温もりを

生命はシンプルな手間で繋いでく ザクザクと切る折込クーポン

桃色がリアウィンドウを駆け抜けた 今日はでっかいポテトをおまけ

あのときに吐いた言葉をセルフカバー 編曲者には君の名前を

価値観はマクドナルドの発音が違うくらいの些細さがいい

幸せになろうね ずっとジャンキーなリビングルームで枯れていこうね

空白になりきれなかった空間を愛と呼べたらどんなに楽か

四六時中観覧車に乗る人と夜景の光に焼かれている人

大好きな人への愛とかもつれとか ファストフードじゃないんだからさ

まっすぐに傷

スクロール 明滅してる起業家の刃渡り5kmの顔

新聞の裏で刺された血塗れの誰かは〈誰か〉であり続ける

やさしさは他人の定規の上に立つ ミリ単位でも調整できる

5番線 黄色い線の内側でたまたま立っていただけと言う

もう二度とオーダーメイドの憂鬱に触るな 気安く脱がせてくれるな

出来立てのストーリーラインを披露してやるから100万さっさとよこせ

星空を除光液で塗りつぶす 生きてる意味もここでは不問

知らないよ知らない街の知らない子の瞳に映っている不貞

自己と他者 定規の線で分け続け浮かび上がる夜空の星座

ドーナツの真ん中みたい 永遠と誰かのために怒っているひと

あったかい大陸だけに降る雪のように気軽な場違いであれ

地球ごと背負って考え込まないで明日の鍋の味を決めてよ

モラル・パニック・ユートピア

「先生、○○くんが□□ちゃんのことを無視しているんです」と生徒の一人が言った。

「それはよくないね。○○くん、何があったの?」先生は○○くんの方を向く。

彼は何も言わなかった。□□ちゃんのことを苦手に思っている彼は、何も言うことが出来なかった。無視をしているというより、関わりたいと思わなかったのだ。

先生は業を煮やし、「無視はよくないことです」と叱る。生徒たちは先生に賛同し、彼への攻撃を強める。

翌日から教室内で彼に話しかける生徒は居なくなった。よくないことであるはずの「無視」で、彼自身を教室から排除した。罪を犯した彼がいなくなった理想の世界は今日もせっせと秩序を保ち続ける。

 

ある社会秩序への脅威とみなされた人々に対して表出する激しい感情のことをモラル・パニックと言う。

「彼らは自分たちとは違う、道徳や常識から逸脱した存在だ」という境界線を引くことで、「脅威」を自分たちの道徳秩序から追放し、人々は揺らぎかけた道徳の境界を再定義する。

この感情には、秩序が揺らぐことへの恐怖も含まれるが、それ以上に"純粋な"怒りが多く含まれる。「道徳の番人」である民衆が自身や他人の感情を煽りながら「よそもの」を排除することに勤しむ。「自分たちはこいつらみたいな卑劣なことはしないな」と言いながら、彼らに対して人格否定やもっと直接的な攻撃を施すことが容易に行われる。

ここに危険性がある。モラル・パニックは個人的な怒りの感情が正当性を持つ可能性が極めて高いのである。

個人的な怒りの感情と書いたが、厳密に言えば人々は自分の身に降りかかったことで怒っているわけではない。道徳的規範と照らし合わせながら、自分に利害があるわけではないのに怒ることが出来るのである。だから、個人的な怒りの感情というよりも、当事者、とくに被害者の視点を借りながら怒っているのである。社会正義の名を借りた個人的な怒りなのである。

「人々は自己利益を追求するものである」という人間モデルから考えると、モラル・パニックは極めて不合理な現象だ。"誰かのために"怒っても一銭の得にもならない。

それでも、なぜ人々は怒っているのだろう。

自分とは違う人たち、罪を犯した人たち、不気味な人たちを道徳の共同体の外へと追放する。分断の先にあるのは居心地のいい場所なのだろうか。

「よそもの」を作り出すことは、とても気持ちがいい。彼らが居てくれる限り、自分自身は"正しく"いられる。

憎むべきは倫理的でない行為それ自体であり、このことは人格否定を意味しない。それでも行為よりも人格を否定しやすいのは、考えるべきことが少なくなるからである。

行為自体を批判するには、なぜ人を殺してはいけないのか?なぜ不倫をしてはいけないのか?刑罰のあり方は?報道のあり方は?といった考えるべきことがたくさんある。

それに対して、人一人を追い詰めることは容易である。「なぜその行為がダメなことなのか」という疑問は「その人が悪いから」「性格が悪いから」「そもそもこの人ってなんで人気なのか分かんない」の人格否定にすり替わる。考えるべきことを減らすことができる。

言うまでもないことだが、私は倫理的でない行為を擁護したいわけではない。事実確認と当事者双方の視点に寄り添いながら慎重な判断を行い、然るべき制裁が下されるべきだと思う。けれども、その人に直接顔を合わせる必要がないのをいいことに人格否定を繰り返すことは、制裁とは言わない。正義の名を借りた鬱憤晴らしである。

 

モラル・パニックで揺れた後は、教室や世間では再び"理想"が求められる。この共同体では理想を求め、常に追放するべき人を探し求めている。綺麗に管理されたユートピアが、今日も変わらず動いている。

知人という貨幣

金をよこせよ、と送ってみた。送ったら満足したので、スマホを机に置いてまたパソコンに向かう。

自分の歳が無用にも積み重なっていくにつれて、机の上に平積みにされた年賀状の束が、年々厚みを失っていく。新年を祝うメッセージが電子化していくことに、僕は抵抗を覚えない。だから、年が明けて間もないうちに、鋭利な言葉を、年賀状には書けないような言葉を、送ってやりたくなった。

それは、ただ悪意で固めたような言葉よりも、威力が強いときがある。見知らぬ場所で通り魔に刺されるよりも、自宅の慣れ親しんだ包丁で刺される方が、なんだかドラマティックであるみたいに。

メッセージを送った相手から、「え」という困惑の言葉が返ってきた。相手の顔に卵を投げつけたような困惑さえ手に入れば僕は満足だったから、そのまま何も言わずにメッセージアプリを閉じた。

 

スマホの向こうの相手は、きっと今頃新しい僕を、何食わぬ顔で探しているのだろう。「え」と言ってはいたけど、唯一無二の存在を突然失った重さとは違う、あまりにも軽い反応であることは、声を聞かなくたって分かる。蛍光ペンの一本を無くしたくらいの喪失感なのだろう、と思いながら僕はまた期末試験の勉強に立ち戻る。

 

メッセージの相手はあまり大学の中で見かけない。どこで何をやっているのかは知らない。知ろうとも思わないし、それくらいの距離感が心地いい関係性だった。環境が変わって浮き足立った状況で出会う人たちとは皆、それくらいの距離感を保ったまま奇妙な四年間を過ごしていくのだと、口には出さないけれどそれを当然の前提として過ごしている。

 

そんな日々の中で、年に数回やってくる試験前の時だけ急に距離を詰めてくるのが彼だった。講義に少しだけ現れて、自分が知っている人の存在を確認したら勝利を手にしたも同然。あとは試験前に情報の海の中で"知人"に連絡をすれば、彼は単位を取ることができる。"知人"の中に佐野が居るのだろう。

今までは彼の要望に僕は快く応じていた。特に断る理由もなかったからである。レジュメ、講義中に教授がボソッと呟いた試験に関する情報、過去問、ヤマ、オリジナルのノート。僕はバリエーション豊かなラインナップを取り揃えていた。

 

でも、割と人間って他人のことを無料で使おうとしてくる。インクが切れかけの蛍光ペンよりも薄い人間関係だけを対価にして、関係が繋がっているだけのことが何かの利益であるかのような顔で。

コネと人脈はお金に変えられない。けれども貨幣と同じような使い方をしてくることがある。

それだけではない。誰かのプライベートな情報をコミュニケーションの切り札にする人もいる。かけがえのない思い出や二人だけの秘密を容易に市場に売り渡す人もいる。

 

「人を手段として用いてはいけない」は、現実的ではない理想の言葉だ。生活していく以上、私たちは他人を利用することを免れない。コンビニの店員、電車の運転手、旅行代理店の人。

だから、彼らにはお金という対価を支払う。彼らの労力を費やしてもらった分、お金という形で返す。

そのルールを知っていながら、知人相手になると途端にタダ働きを要求してくる。きっと、情というクーポンを駆使して渡り歩いていくのだろう。

この習慣を繰り返していると、やがてその人のパーソナルゾーンにずけずけと侵入することもタダで要求しようとしてくる。情と性愛が繋がりやすいのをいいことに、相手の感情を管理して踏みにじる。

 

そういう人には、ちょっとだけ不幸になってもらいたいなと思う。でもきっと、彼らは自分の貧しさに気づかないまま、途切れることのないクーポンを使い続けていくのだろう。

高台からの強い言葉

人は、基本的に自分の経験から語ることしかできない。

そしてその経験が、自分が立っている足場が、どれくらい高いところにあるかを自覚することはとても難しい。

高いところにいると、自分の経験からこしらえた方程式を押し通しやすい。そのこと自体は誰しもがやってしまうことだ。自分が持っている価値尺度を使ったほうが、多くのことを考えなくて済むし、余計な労力を割かなくて良い。人は意図的に認知的倹約家になるということは社会心理学上で何回も言われていることだ。

怖いのは、こうした認知的な倹約の結果として生まれた即席のレンズが、大きな覇権を持つことである。誰かのある特定の物の見方が、絶対的な"善"となって社会に流通してしまったら、人は人工的な近視眼を手に入れてしまう。

他人の眼鏡やコンタクトレンズをかけても度が上手く合わないのと同じように、その人の物の見方はその人だけのものであって、他の人には上手く当てはまらないのが普通である。普通であるはずなのに、人はたまに意図的にピントの合わないレンズでその場をやり過ごそうとする。それは、見たくないものを見ないままでいられるからである。

絶対的に恵まれている人は一定の割合で存在する。そういった人の足場は高台になっていて、周りを見渡しても同じくらい高いところにいる人はそんなにいなくて、だから自然と周りの人と接するときは足元を見ながら話すことになる。

「やっぱり世界は広いなと感じますね。自分のいた世界の狭さを知りました。価値観の違う人と出会ってみると、もう世界が180度変わって見えますから」

"自分のいた世界の狭さ"を自覚することはできても、その狭さに気付いたという言葉を、"自分のいた世界"に向かって上から投げかけることについては、あまり自覚的になれないようだ。

世界が広いということが事実だとしても、自分のいた世界が狭いと断言できるほど、自分のいた世界のすべてを見通した自信はあるのだろうか。自分が根差している世界は、頑張って見つけた広い世界と同じくらい複雑なつくりをしていることに、どれだけ自覚的になれたのだろうか。

高台の頂点に登り詰められることは、すごい。自分ではどうすることもできない環境要因に加えて、自身の弛まぬ努力の先に見えてくるものだ。運と努力する才能を持ち合わせたほんの一握りの人間だけが見られる世界がある。

ただ、そういった上を上を目指すような、上向きのベクトルにまつわる合理性だけでは、構成されていない世界がたくさんある。このような世界の複雑さに目を向けられることが、謙虚さを意味するのではないかと思う。謙虚さはこういった絶対的な"権力"の差に気付けるかにかかっている。

自分と同じ高さにいる人と一緒に横ばかり見ていたら、差し出す言葉は皆、高台からの暴力的な言葉になる。「毎朝満員電車に揺られて人生終わっていいんですか、私は…」「今の時代は海外を視野に入れないと…」「安定した選択を繰り返していいんですか…」

こういった言葉はたぶん、満員電車で揺られている人で支えられている世界を見ないままなのだから言えるし、高齢の親や身体が不自由な家族が一人日本に残されることへの懸念がないのだから言えるし、安定した選択を取らざるを得ない事態がたまたま自分の身に降りかかっていないから言えるのだ。

特別でいられたのはすごい。自分が立っている高台を立派に見せられてすごい。"人と違う"というオーダーメイドのペンキでその高台を塗りたくってキラキラにできた。そのペンキは誰が買ったものなのか。全部一から自分で手に入れられたのならすごい。でも、多くは自分一人の力じゃない。自分一人で手に入れたと思えるのは幸福だ。近視眼的な幸福だ。

嫉妬だと言われるだろうか。行動もしないで口先だけ達者なのだと言われるだろうか。そう思われてもいい。思われてもいいけどただ、高台に登り詰めた人がすることは、他人をカテゴリー化して語ることではないということは断言できる。

かくいう私だって、こうやって文章を書ける時間的な余裕を与えられていることは、とても恵まれたことだと感じる。沢山の人に出会えて、いろんなことを考えられるのも、安定した環境が与えられているからだ。だから私も、"高台に登り詰めた人"を一緒くたにカテゴリー化することはしたくない。こういったカテゴリー化の精神は、私が危惧しているものと、本質として一緒になってしまう。

だから、「高台に登り詰めた人にこういうことはしないでほしい」という、"個別的な"訴えを唱え続けることにする。

高台の下、見たくない世界にだって、人はしっかり生きている。

 

沢山のことを考えた一年だった。いろんなことが起きて喜んだり傷つき続けたりした一年だった。

2020年はどんな年になるだろうか。高台を掘り崩したいわけではない。一人一人が自分に合ったレンズで、世界を見渡せれば良いなと思う。