フランス・ドイツ周遊旅行記②〜彼女の手の中のMy wallet〜
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1月23日
日本人と邂逅
長時間移動とクソデカスーツケースを抱えた階段の昇降に疲れ切った我々は、二つ星ホテルにてぐっすり眠ってしまった。しかし、時差ボケなのかまだ朝が来ていないのに目覚めた。
窓から見える景色はこんな感じ。異国の地で眠っていたのだなということを実感する。ここはあまり治安が悪そうに見えないが、駅前のネオンの毒々しさは忘れられない。そしてとても空気が乾燥していて喉が渇く。風邪気味だという友人がマスクをしながら寝ていたが、どう考えても正解だ。喉がイガイガする。
ふとTwitterを開いてみるといつもよりタイムラインが動いている。そりゃそうだ。こっちでは朝5時だが、日本時間にすると昼1時。すごく遠い場所に来ているんだな。
友人も起きて朝を迎えた。とは言っても外はまだ暗い。受付のお姉さんが朝食は7時からだと言っていたのでクセのすごいエレベーターを使いながら一階へ向かう。
そこにはコーヒーマシンとオレンジジュースの入ったピッチャーとティーバッグがあるのみで、食料が見当たらない。どうしたものかと途方に暮れていると、先客の若い日本人女性二人組がパンを食べていたので友人が話しかけた。どうやらそのうちホテルの人が持ってきてくれるらしい。
この異国の二つ星ホテルにも日本人が居るという事実に安堵しながらパンを待つと、無愛想なおじさんが三種のパンとジャムとバターを持ってきた。以上だ。二つ星の朝食は以上だ。
しかしまあ嬉しげに謎のツーショットを撮ったので良しとしよう。
クロワッサンを食べていると、盗み聞きの得意な友人が「さっき俺らが話しかけた姉ちゃんたち、凱旋門に行くっぽいぞ、さっき言ってた」と盗み聞いた。なんと僕らと目的地が一緒なのである。
二人よりも四人で行くほうが心強いのではないか…そう微かな期待を抱いていたら、部屋に戻った姉ちゃんたちがその10分後くらいにホテルを後にした。まだ僕らパンを呑気に食っていた。
支度が速すぎるわ。
我々も朝食と支度を終え、ホテルを後にする。あばよ二つ星ホテル。今夜も帰ってくるけどなと思っているとホテル前で煙草をふかしていたおじさんが話しかけてきた。「鍵を預けなきゃならんよ、俺が預かっとくよ」的なことを言っていたので渡した。
しかし渡してから思った。この人本当にホテルの人なのか。違ったらまずいんじゃないか。遠くからおじさんを監視していたら、少し入口の前で焦らすように歩きながらホテルのフロントに戻っていった。心配したわ。怪しそうな見た目すな。
パリの洗礼を受ける
さて、昨日乗って行ったメトロを逆方向に乗り、凱旋門近くの「シャルル・ド・ゴール・エトワール」駅に向かう。朝のメトロは通勤客っぽい人も散見された。日本の地下鉄よりは空気が張り詰めてない気もするが。
再び凱旋門に到着。二人で楽しく凱旋門を背景にツーショットを撮っていたら、20代くらいの二人組の女に話しかけられた。一人は何やらバインダーを持っている。
これはもしかして署名を要求しながら財布などを盗み取る有名なスリの手段なのでは…と警戒したのも束の間、友人が自分の財布が盗み取られかけていることに気付いた。
本当にスリだった。
気付いた友人は咄嗟に財布を引っ張り返し、「My wallet My wallet」と主張した。バインダー女は「本当にあなたの財布ですか?確かめてみましょう」的なことをほざいていたがそんなの確かめる理由もなく取り返し、我々は逃げた。
本当にいるんだな。ここには。
合言葉はDo you speak English?「あなたは英語が話せますか」。
この言葉をかけられても絶対に答えてはいけません。無視してください。パリ市内の観光地のいたるところに出没する女性のスリ集団は引っかかる観光客が非常に多い、要注意のスリ集団です。
特に多く出没するのがノートルダム大聖堂、ポン・ヌフ、ルーヴル美術館からシャンゼリゼ通りに向かう途中のルートで、手に嘆願書とペンを持ちながら観光客に歩み寄ってきます。
友人はすぐ気付ける反射神経の良い人だから良かったものの、俺だったら気づかなかっただろう。ちなみに俺もバインダーじゃない女に一瞬狙われていたが完全に貴重品は上着の中に隠しきっていたためすぐに諦められた。後から思い返すとあの諦めた顔がちょっと面白かった。笑い事ではないが。
旅行の初っ端からこんな目にあったときの気持ちを想像してほしい。それはもうどんよりである。許さねえぞバインダー。
雪の降るシャンゼリゼ通りを歩く。あの華やかなシャンゼリゼを通っているが、当然我々のテンションは地に落ちており、あの有名な歌「オー・シャンゼリゼ」も「oh…シャンゼリゼ」になった。許さねえぞバインダー。
もうかなり警戒態勢に入っていたので、周りに人が少なくなってきた頃からようやく写真を撮り始めた。
あまりシャンゼリゼ感がないが、すべてバインダーのせいだ。
スリの出るシャンゼリゼ通りは、スリが出るが沢山の店で賑わっており、あのルイヴィトンの本店もこのスリの出る通りに店を構えている。スリが出るがシャンゼリゼ通りは、スリの出る凱旋門からコンコルド広場まで続く、スリが出るものの、全長約3km、幅70mのスリの出る立派な道だ。
コンコルド広場からも凱旋門がうっすらと見えるのが分かるだろうか。晴れの日ならもっとくっきりと見えるのだろう。あいにくの雨模様。許さねえぞバインダー。
クレオパトラの針。1826年にエジプトとスーダンを統治していたムハンマド・アリーがフランスに贈ったものであり、ヒエログリフが刻まれている。対となるもう一本はエジプトのルクソール神殿にそのまま残されているらしい。この針のある場所はまさに1793年にルイ16世とマリー・アントワネットがギロチンで処刑された場所である。そんな雰囲気は少しも感じないのどかな広場だが、スリはいるからな。
ノートルダム大聖堂
ここから少し歩けばルーヴル美術館やノートルダム大聖堂が待ち構えている。
ルーヴルはかなり時間をかけて回るだろうから、先にノートルダム大聖堂に向かうことにした。
街並みはかなりパリらしい様相を帯びてきて、一つ一つの建物が重厚な雰囲気を醸し出している。だんだんと歩き続けていてテンションを取り戻してきた我々は、先程のスリ未遂事件をネタにするくらいの心の余裕が生まれてきた。
「まあ何も盗まれなくてよかったじゃないか、俺なんて空港でスーツケースベルトをなくしてるんだぞ」と僕が言う。話のスケールが違うだろ、と友人は言うものの、だんだんと元気を取り戻している。
やがて、BOØWYの『Marionette-マリオネット-』のサビ「鏡の中のマリオネット」のメロディに乗せて「彼女の手の中のMy wallet」「彼女の中のMy wallet」と歌うくらいの余裕は取り戻してきた。完全に韻を踏めているので我々のお気に入りのフレーズになった。
ご機嫌にパリの街を闊歩していたら不意に右側からまたバインダーを持った集団が「Do you speak English?」と声をかけてきた。
やっぱダメだわこの街。
無視して追い払いながら歩調を速める。これでもかというくらい険しい顔で歩く。さっさとノートルダムに行こう。スリ集団はバリバリの観光地には現れない。危ないのは、少しメインの場所から離れた裏通りとかそういうところだ。人目につかないけど観光客の多いところに彼女達は現れる。卑怯としか言いようがない。
セーヌ川を橋から眺める。現地の男性が白いラブラドールをリードなしで散歩させている。日本では見られないような光景だ。リードがないのにラブラドールはしっかりと男性のそばを歩いている。少し離れて歩いていても男性が口笛を吹けばすぐに戻ってくる。かなり手懐けている様子だ。いいなあ、俺もああなりたい。あ、手懐けられた犬になりたいんじゃなくて、可愛い犬に懐かれる男性になりたいって意味です。
程なくしてノートルダム大聖堂に到着。ゴシック建築を代表する、二つの塔を持った聖堂の存在感に圧倒された。屋根からの力を下方に集中させることで大きなアーチを作ることを可能にする尖頭アーチの入口に入ると、リブ・ヴォールトと呼ばれる円形状の天井が広がる。この構造が、大きなステンドグラスの取り付けを可能にさせる。13世紀にはこのような荘厳な建物が建築されていたことに驚きを隠せない。
圧巻の内装であった。等間隔で連なる柱が奥行きを際立たせる。
内部の中央には大量の椅子が設置されており、何人か参拝者が座っていた。
中央のステンドグラスが取り付けられたバラ窓が美しい。光がはじけるこの空間はまさに非日常的な空間で、しばらく見惚れてしまった。
基本的に無料で入場することができるので、パリに来たら必ず立ち寄りたい場所である。ちなみに「パリから○km」というときの「パリ」はこのノートルダム大聖堂を起点としているらしい。まさにパリの中心地ということだ。
聖堂内では、このような来訪記念メダルも売られている。たまらねえ大きさ。500円玉好きの僕は迷わず買った。しかし、旅中でこのメダルをたまに支払ってしまいそうになる。
大聖堂は横から見てみるとこのようなつくりになっている。繊細さが際立っている。意外と正面以外からの写真を見た経験は少なく、こういうのも旅の醍醐味だよな。
大聖堂を堪能した我々はルーブルに向かう。すっかり機嫌を取り戻し、パリの街並みを写真に収める。
それぞれの建物がいちいち魅力的で、世界遺産ばりの主張をしてくるように感じる。街全体の調和が取られているように思う。
と思ったら突然街中にメリーゴーランドが出現した。乗客がいるようには見えないが普通に稼働している。なんて愉快な街なんだ。ちょっと乗りたかったけれども、雪が降るくらい寒い中で風を切って回転するのには気が引けたので、遠くから見守っているだけにした。
パリの街中に佇んでいると、たとえメリーゴーランドでもそこにあるのが必須だと思えてくるな。何でもそうなのかもしれない。この街は全てを受け入れている気がする。
しかし、友人が何度もDA PUMPの『U.S.A.』を歌っていいかと僕に聞いてきたときは頑なに断った。フランスの首都を歩く日本人がアメリカを歌っていたら、流石に寛容なパリの調和も崩れ始めるだろうと思ったからだ。歌っていいかと許可を取ってくるのもよく考えると謎だし。
さて、若干道に迷いながら数分歩くと、ルーヴルらしきものが見えてきた。正面入り口じゃなさそうな入り口だが、観光客らしき人々が入っていくので続く。
中庭に抜ける門の前で何やら数人の女性がこちらを向いている。僕らが門を通ろうとするや否やいきなり通路を塞いできて
「Do you speak English?」
ほんとええ加減にせえよこの街。
今回のバインダー集団はかなりしつこく纏わり付いてきたので、最終的に体当たり気味に押しのけた。人に体当たりしたの小学生時代に闘牛ごっこをした時以来な気がするわ。
しかし、そろそろスリ集団も見分けられるようになってきたなとも思うのであった。
さて、長くなってきたのでルーヴルからは次回。お待ちください。