ノートの端っこ、ひこうき雲

ひと夏の思い出、には留まらせたくない。

「君を不幸にできるのは宇宙でただ一人だけ」と歌っちゃうスピッツ『8823』

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こんな歌詞を書ける人、地球上のどこを探しても草野マサムネしかいないと思う。

 

スピッツ『8823』の二番のサビに突然ぶち込まれるこのフレーズ。

 

「君を不幸にできるのは宇宙でただ一人だけ」

 

曲がりなりにも趣味で作詞をやっている私ならおそらく、「君を幸せにできるのは宇宙でただ一人だけ」と書くところを、ボーカル草野マサムネは「幸せ」と「不幸」を思い切りひっくり返して書いた。初めてこの曲を聴いたとき、このフレーズが頭に焼き付いて離れなかった。

 

今回は私の大好きなバンドであるスピッツの一曲であり、今でもライブの定番曲である『8823』(読みは「ハヤブサ」)の歌詞について考察したい。

 

同曲の冒頭はこのような歌詞で始まっている。

さよならできるか 隣り近所の心

思い出ひとかけ 内ポケットに入れて

あの塀の向こう側 何もないと聞かされ

それでも感じる 赤い炎の誘惑

自分が今まで過ごしてきた場所から旅立とうとしている、そんな心情に関して歌っているようだ。今過ごしている場所も結構居心地の良い場所なのだけど、新しい場所へ踏み込みたいと思っている。

そうやって居心地のいい場所から抜け出して心の障壁(あの塀)を乗り越えたところで、何もないと聞かされてはいるものの、本当は燃えるように輝いた世界が待っているのではないかという期待が消えない。

旅立ちの名残惜しさを「隣り近所の心」と言い、思い出を「内ポケットに入れる」と言うような表現から既に印象に残る。

 

このフレーズのあと、メロディは疾走感が加わり一気にサビに突入する。

誰よりも速く駆け抜け

LOVEと絶望の果てに届け

君を自由にできるのは 宇宙でただ一人だけ

このサビを聴いているときは本当に走り抜けたくなってしまうが、ここにいきなり「絶望」という単語をぶち込んでいる。しかも「LOVE」という単語と並立させることでコントラストが極まっている。

スピッツの歌詞に英語はほとんど登場しない。つまりわざわざ英語で「LOVE」と表現したことから、ここで表されているのはいわゆる「ラブ」とは別物である、つくりものっぽい「愛」だという印象を受けた。

薄っぺらい「愛みたいなもの」や「絶望」を超えた先に届けと歌っている。そこからの、「君を自由にできるのは 宇宙でただ一人だけ」。今まで自身が直面してきた「LOVE」に苦しめられ続けた「君」を救うことが出来るのは、宇宙で「君」一人しかいないという意味であろうか。このような、若干ひねくれながら背中を押してくれるような歌詞は、スピッツの大きな魅力の一つである。

 

二番に入る。

夜明けの匂いを 吸い込み すぐ浮き上がって

裸の胸が触れ合ってギター炸裂‼︎

二回目のサビ直前で突然官能的な表現が出てきたことに頭が追いついていないうちに、音の洪水はまた疾走感溢れるサビを引き起こす。

一番までの歌詞を読むと、この曲の語り手が「君」に対して語りかけていると思っていたが、二番の歌詞中では突然、「裸の胸が触れ合」う相手の存在が示唆される。相手の正体としてもちろん考えつくのは、この歌詞の語り手である人物である。

これを踏まえると、一番の歌詞の主人公はてっきり「君」だと思っていたが、実は「語り手」の一人称描写だったのではないかという説も浮上してくる。

そうすると、「君を自由にできるのは 宇宙でただ一人だけ」という歌詞の意味も少し怖くなってくる。もしかして自由にできるただ一人の正体は語り手の方だったのか?語り手と「君」との関係性について、何やらアヤシイ空気が流れてくる。

このような可能性を念頭に置きつつ、さらに歌詞を読み進めていく。

 

荒れ狂う波に揺られて 二人 トロピコの街を目指せ

君を不幸にできるのは 宇宙でただ一人だけ

ついに冒頭に紹介したフレーズが登場する。

トロピコの街とは何ぞや?となるが、「トロピコ」というアメリカのゲームがカリブの島国を舞台としているように、常夏の島、楽園という意味をここでは持たせていると考えられる。

世間の荒波に揉まれながら懸命に楽園を目指そうと言っているが、ここでついに主語が「二人」と明示されている。

一番の歌詞の主人公が「君」なのか「語り手」なのか疑問が残っていたが、おそらくどちらも正解なのだと思う。そうすると、「君」の背中を押しているように見えていた歌詞は、「二人」の駆け落ちを表しているのではないかという説が出てくる。

 

主語が「二人」だとすると、問題の「君を不幸にできるのは 宇宙でただ一人だけ」の「ただ一人」とは誰なのか。考察する前に一旦、最後まで歌詞を読んでいきたい。

簡単なやり方でいいよ

ガンダーラじゃなくてもいいよ

愚かなことだって風が言う だけど

突然の「ガンダーラ」。「簡単な」と韻を踏むために選ばれたのもあるのだろう。ガンダーラガンダーラ美術でも有名な、現在のパキスタン辺りに栄えた古代王国である。日本のバンド、ゴダイゴの代表曲に「ガンダーラ」という曲があるが、この曲の中でガンダーラは「理想郷」という意味で用いられているという。今回出てきた「ガンダーラ」も同じような意味だと捉えて良いだろう。

簡単なやり方で、The理想郷じゃなくても、自分なりのやり方で自由になればいい。それは愚かなことだと風(ここでは周りの声などだろうか)が言うかもしれないが、気にせず進んでいこうよ。

やはり駆け落ちの説もある。駆け落ちなんてやめておけという周りの声も気にせず、自分達なりの幸せを掴みに行こうという決意が感じられる。

 

そして曲は一番のサビをもう一度繰り返した後、最後のサビに入る。

今は振り向かず8823 クズと呼ばれても笑う

そして 君を自由にできるのは 宇宙でただ一人だけ

今は振り向かず君と…

「クズと呼ばれても笑う」と言っているように、やはり周りに批判されることを覚悟しているようなので、駆け落ち説が濃厚だろうか。「今は振り向かず君と…」という歌詞で曲が終わる。「君」と何をするのかは明言されていないが、やはり「8823=ハヤブサ」のように駆け抜けているのは語り手と「君」の二人なのだと分かる。

 

では、いよいよこの曲のキラーフレーズ「君を不幸にできるのは宇宙でただ一人だけ」に関する解釈。私は二つの解釈があると考える。

 

一つは、「君と一緒に恋に落ちて、二人だけの幸せと自由を君と掴みに行こうとは思うけど、そうすると君の幸せも、そして不幸も、左右するのは宇宙で自分(=語り手)一人になってしまうよ」という説である。

世間から後ろ指を指されても二人で理想郷を探しに行くけど、「君」は本当に自分についていく覚悟があるのか、それでいいのか、と語り手が君に聞いている。

最初、一番の歌詞は「君」に語りかけていると思っていたが、それも当然、この曲は語り手が「君」の意思を確認している歌なのだと考えられるから。

 

二つ目は、「自分(=語り手)と共に歩んでいくのも、やめるのも、君が決めることだ。君を自由にできるのも、幸せにできるのも、不幸にできるのも、君が選べることだ」という説である。そして私はおそらくこちらだと思っている。

語り手はもう、壁や荒波を乗り越えながら理想郷を探しに行く決意が出来ている。最後のサビの部分、「今は振り向かず8823 クズと呼ばれても笑う」と「君を自由にできるのは 宇宙でただ一人だけ」の間が「そして」で結ばれていることが意外に重要な意味を持っていると考える。つまり、前者の主語は「語り手」で、後者の主語は「君」なのではないか。

今までのしがらみから自由になれるのは「君」の選択次第なんだよ、と語り手が歌っていることが分かる。

結局どちらの説にしても、語り手は「君」の選択を問うていることがわかる。

 

やはり、「幸せにできる」ではなく、あえて「不幸にできる」という言葉を選んだ草野マサムネの才覚には脱帽する。

「不幸にできる」というネガティブな言葉をあえて使うことで、バッドエンドすらも「君」が選ぶことになるという、真の「自由」が感じられる。ここで、「幸せにできる」というハッピーエンドを選べると言われても、「自由」の立体感、緊迫感、現実感が薄まってしまうと思われる。

よく、「幸せに してあげる/してね」というフレーズを耳にするが、ここに真の自由はない。相手次第でいくらでも揺さぶられ、変わってしまうからである。

「不幸」という自由さを感じられない単語をあえて置くことで、ネガティブな結末すらを自分で選べる、つまり相手に依存しない、真の「自由」が君にはあるということを逆説的に表現している。

 

「自由」という単語を何度も使ってきたが、実際にこの曲の収録されているアルバム『ハヤブサ』は、世間からのイメージと自分たちのやりたいロックバンドとしての方向性の乖離に悩んだスピッツが、自分たちのやりたいことをやったという経緯がある。こうした背景を踏まえると、この曲の疾走感がさらに力強く感じられるように思う。

私がスピッツを好きになったとき、今まで自分が持っていたイメージとの違いに驚いた。そうしたロックバンドとしてのスピッツのカラーを色濃く表す『8823』は、これからも彼らの「代表」曲であり続けるだろう。

 

ハヤブサ

ハヤブサ