ノートの端っこ、ひこうき雲

ひと夏の思い出、には留まらせたくない。

あらかじめ!ステーキ

存在を知っていながら、度々その店の前を通っていながら、まだ一度も入ったことがない飲食店がある。「いきなりステーキ」である。このお店、今ググってみたら正式名称は「いきなり!ステーキ」だった。これは一般正解率10%切る。カズレーザーでも間違える。「いきなり」の後ろに「!」をつけるくらいだからその「いきなり」性が大事なんだろう。

「いきなり!ステーキ」は予約不要の立ち食い形式で回転率が非常に高いことで知られ、客が好みの肉の量を注文して、シェフがその場で切り分ける低価格で美味しいステーキを食べることが出来る。さすが店名の通り回転率の高さにより、いきなりステーキを食べることを可能にした革新的なチェーン店である。

 

なぜ私が「いきなり!ステーキ」に行ったことないのを声高に宣言するのか。それはこの店の前を何度も通っているのに一向に入店することはないし恐らく今後も入ることができないからである。ステーキが嫌いなわけではない。むしろとても食べたい。ステーキにはこの世界の幸福が詰まっている。肉汁が弾ける音はまるでゴスペル。それでも私は「いきなり!ステーキ」に入ることはできない。

 

そもそも「いきなり!ステーキ」に入店するのはめちゃくちゃ難しい。「いきなり!ステーキ」は「いきなり!」なのだから、いきなり入店しないのはこの店の本質に関わってくる由々しき事態である。なので、今日は「いきなり!ステーキ」に行こう、と決意した時点でそれは「いきなり!ステーキ」ではなくなる。名前をつけるとしたら「あらかじめ!ステーキ」としか言いようがない。あらかじめ「いきなり!ステーキ」に行くことを決めるという行為は形容矛盾であり、その時点で「いきなり!ステーキ」の本質は瓦解し始める。昔のゲームに出てくるような見えない壁に阻まれて入店が不可能になる。噂では「いきなり!ステーキ」にあらかじめ入店を決めていた者が近づくと、壁に書かれている社長の顔が般若よろしく歪み出すらしい。あの写真は門番代わりなのだ。

また、「いきなり!ステーキ」の看板が目に入った時に入店を決意するのも、惜しいけれども「いきなり!ステーキ」の美学に反している。「ステーキを食べたい」と頭の中に少しでも思ってから入店したら、それは「いきなり」な行為ではない。「ステーキを食べる」と思った刹那に店に飛び込む必要があるのだ。

つまり、「いきなり!ステーキ」への入店を可能にするのは以下のケースが考えられる。

 

ケース① ガラスを突き破る

「いきなり!ステーキ」の店の前を通っているとき、突然店のガラスを突き破ってダイナミック入店する方法。ステーキを食べようと思った瞬間に飛び込む事が重要であり、少しでもタイムラグがあった場合は見えない壁に阻まれてガラスは割れないという噂。筋骨隆々な人が店内に多い所以らしい。

隣を歩いている人が「いきなり!ステーキ」の前でいきなりガラスにタックルしだしたら、間違いなくその人はステーキを突然食べたくなったに違いない。決してトチ狂ったわけでもないしステーキ強盗を試みているわけでもない。ステーキを愛しているからこそ、「いきなり!ステーキ」のガラスを割るという愛のある暴力に至るのだ。コンビ芸人のボケは、頭を叩いているのが相方なのか他人なのかを識別できる能力があるらしい。それはツッコミが頭を叩くという行為が愛のある暴力そのものだからだ。相方の叩きには愛が含まれているのと同じように、「いきなり!ステーキ」のガラスを叩き割ることは愛なのだ。

しかしこの方法はかなりリスクが高く、失敗すると血まみれでステーキを喰らうという文明社会では到底起こらないような光景が繰り広げられることになる。野生児そのものである。

 

ケース② 「うどんでも食べるわ」と言いながら入店

ケース①より筋力がいらないお手軽な方法。お昼時、街を歩いている時に「今日はうどんでも食べるわ」とあなたが言えば、周りの人は「この人うどんが食べたいんだな」と当然認識する。「うどんでも食べる」という意思が発言者のあなたの心の中にある故にこの発言に至ったのだと普通は考えるからだ。しかし、こう言っておきながら「いきなり!ステーキ」にあなたが何の迷いもなく入った場合、間違いなく周りの人は「いきなり!?」と思う。叫んでしまうだろう。「いきなり!ステーキ」と叫んでいるのは実は店ではなく周りの人だったのだ。「いきなり!ステーキ」を取り巻くコール&レスポンス。「うどんでも食べるわ」「いきなり!ステーキ」

注意点としては、くれぐれも「肉食いたい」と言いながら入ってはいけない。「肉食いたい」と言っている以上、あなたの心の中にあらかじめステーキを食べるという意思が備わっていたと考えられる。「あーっ!お客様!いきなりではございません!あー!お客様!あー!」と店員に阻まれることになる。

 

ケース③ タイムリープする

時間もかかるしかなり壮大な方法になる。「いきなり!ステーキ」もいつかは別の店に変わるかもしれない。そのいつか来るであろう未来に、その店に行って過去へとタイムリープすれば「いきなり!ステーキ」にいきなり入店することが可能になる。これまで紹介してきた方法の中で一番「いきなり」感が保証される方法である。なんたって突然店内にあなたが現れるのだから。これ以上にいきなり感を担保できる方法はない。

「俺、ステーキを食べにいきなり未来から来たって言ったら、笑う?」

ただし、該当する「いきなり!ステーキ」の店内の内装を細かく把握する必要がある。間違えてもキッチンに飛んではいけない。400gに美味しくカットされて自分がいきなり!ステーキになる。

 

以上のケースに該当した場合のみ、「いきなり!ステーキ」への入店が可能になる。なかなか厳しい道のりであることが分かっていただけただろうか。私もいつかは入店してみたい。でも、こう思っている時点で「あらかじめ!ステーキ」である。

 

 

ところで、小中時代と大学生としての今の決定的な違いは「いきなり!ステーキ」と「あらかじめ!ステーキ」の違いによく似ていると思う。

小中時代は何もかもがいきなりだった。遊びの内容も遊び先も即興で決めて、昨日までは存在してなかったようなルールを盛り込んだ遊びを試みて、自分たちが作ったカードで戦うカードゲームではチート級に強いカードを突如、最強カードとして降臨させることもできた。思いつきで動くことが許されていたのだ。私がある日突然作った「ブラックホール」という名のそのカードは、相手のカードを一枚、問答無用で無制限に吸い込むことができた。一試合で一回とかではなく何回でも吸い込むことができる。今考えると我ながらチートすぎる。よく友人たちは僕と縁を切らないでいてくれたものだ。

それに対して最近は、一ヶ月先の遊びの予定を入れたり、行き先を前々から決めて出かけたりといった機会が増えた。当然遊びの質も上がるし満足度も高い。やりたかったことや行きたかった場所を前々から計画して訪れるのは楽しいし嬉しい。まさに「あらかじめ!ステーキ」なのである。ステーキ食べたいなあとずっと前から楽しみにしていた状態で食べるお肉はめちゃめちゃ美味しい。

 

それでもたまに、「いきなり!ステーキ」みたいな遊びに恋しくなったりする。誰一人気を使うことなく自分の作った最強カードを切り出せるような、法外的乱闘をしてみたくなる。翌日にはルールが全く変わってしまうような、その場限りの遊びをしてみたい。友人は僕の「ブラックホール」に対抗して、相手陣営のキャラを一体存在ごと消してしまう「リセット」というこれまたチート級のカードを切り出してきた。もはや最初の方に作った、勇者とかモンスターといったカードの存在意義はなくなっていたのである。

 

こういったノープラン、ノールールへの憧れが先日の青春18きっぷの旅だったのだと思う。何も決めずに行くことがこんなに面白い出会いをもたらすなんて思ってもみなかった。

 

ステーキの話からここに繋がるとは誰も思っていなかっただろうが、これもまさに「いきなり!ステーキ」的ブログ、なんてね。

 

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